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晦庵河道屋
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「蕎麦」という名称で呼ばれるようになったのは、平安時代以降ではないかと聞き及んでおります。
その語源としてはいくつかございまして、
一つは大工さんの用語から来たという説がございます。これは大工さんが木の角をとるときに「そばをとる」という言い方をするらしいのですが、そこから来たという説です。
もう一つは「〜のそば」という意味から来たという説もございます。山の脇とかそばという意味がなまって、「蕎麦」という呼び名になったというものです。
また、蕎麦の形が三角で、御紋の形に似ていることから、御所では「あつもの」とか「すぐり」という名でよばれていたということですが、実際それがどういう経緯で今に至ったかは定かではございません。
蕎麦は蓼科の一年草でして、大別して夏蕎麦と秋蕎麦がございます。六月に植えて八月に収穫するのが夏蕎麦、それから八月に植えて十月に収穫するのが秋蕎麦ということになります。
種まきから七十五日で収穫しまして、自然乾燥して、石臼でつき、ふるいでとって、白いそば粉になります。一反で百三十五キログラム、それを精製しますと百十キロ、歩留まりで七割くらいがそば粉として使えます。
一粒の蕎麦のうち、皮がだいたい30%ほどを占め、あと「花粉」と言われる真ん中の白い粉があるんですが、それが7%程度で、あとの残された60%強がそば粉として店で使っているものになります。
なんでもルチンが毛細血管をきれいにするということで蕎麦に含まれるルチンの効用、特に高血圧に効くというような宣伝をしてはりますね。ところが実際は、蕎麦をお召しあがりになっても、ルチンはほとんど体内には入りません。ルチンは蕎麦を湯がいたゆで汁の方に出ていますので、蕎麦だけをお召し上がりになりましても、その中にはほとんど入ってない状態なわけなんです。
ルチンはざるそばについているそば湯の中に含まれておりますので、そば湯を一緒にお召し上がりいただくとよろしいかと思います。
蕎麦はもともと原産地はシベリアやバイカル湖付近と言われておりまして、それがチベットから色々とわたって、日本に伝わってきたのではないかと考えられております。
蕎麦が日本に最初に入ってきたのは、 都のある関西でした。 しかし、どちらかと言うと関西圏はうどんや素麺が中心で、関東では蕎麦というイメージがございますね。これには安価であるということと、何よりもお出汁の影響が大きかったのだと思います。ご存じのように関西ではお出汁に昆布とかつおが使われるんですが、関東はかつおだけで、あまり昆布が使われません。ですから鰹節主体のお出汁で食べられるようになったわけです。そんな背景があって、関東で蕎麦が発達したのではないかと思います。
現在は関東であろうが関西であろうがあまり変わらないような格好になっていますね。
本家の店のほうでは、「蕎麦ほうる」というものをやっているんですが、私の三代前の者が作りだしたと聞いております。
ご存じのようにいわゆるクッキーでして、つこてる材料はほとんどお蕎麦と同じで、そこに卵と砂糖を足したものです。ですから蕎麦屋をやっている家の手持ちの材料で、手打ちの技術でもって、たまたまのして焼いたものが、蕎麦ほうるの発祥だろうと思います。
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